第四章:全餅(ぜんべい)が泣いた

歩けないけど、前に進もう

 

我が家に戻った私は、

住み慣れた環境に安心感を覚えました。

 

私はゆっくりと杖をつきながら

自分の部屋にたどり着くと、

 

そこには2か月前で時間が止まった、

懐かしい風景が広がっていました。

 

「あの日は激痛で横になれずに、

この椅子に座ったまま気絶するように

寝落ちしたっけ。」

 

「なんであのぬいぐるみがあんな所にあるんだ?

 

そっか。

 

あまりの痛みに耐えれなくて、

八つ当たりで投げちゃったんだよな」

 

そんな事をいちいち思い返すうちに、私は

過去の自分を俯瞰で見ている感覚に落ち入り

自然と今までの人生を振り返っていました。

 

幸せだったこと、辛かったこと。

 

笑ったこと、泣いたこと。

 

お世話になった病院の方々のこと、

心配してくれた友人のこと。

 

好きだった人たちのこと、

そして傷つけてしまった人のこと。

 

特に一番つらい時に傍にいてくれた

家族には頭が上がりません。

 

今となっては自分の体さえ満足に

動かせないような散々な状況のくせに、

 

私はSさんとの写真を眺めながら、

気づけばSさんの事を考えていました。

 

そうするうちに、写真に映った当時の

私たちがとても愛おしく思えてきました。

 

言葉にするとキモい感じがしますが(笑)

実際そうだったので仕方ありません。

 

いろんなことをして笑ったし、

けんかもして仲直りして、

そうして積み上げた2人の時間。

 

(俺も前に進まなきゃな)

 

私はSさんに電話をかけることにしました。

 

やりなおすためではなく、

感謝と謝罪を伝えるために。

 

もうあのころ以上に俺は頑張れない

と思っていましたし、実際問題、

自分の事さえままならない状況でしたから。

 

それならそれでSさんのためにも、黙って

彼女の人生から消えればいいのですが、

 

ここまで読んでおわかりのように、

私は女々しい男なのでしょう。

 

最後に自分なりにケジメをつけなければ

私自身が前に進めませんでした。

 

彼女と話せるのはこれが最後だと思い、

言い忘れがないように伝えたいことを

紙に書きました。

 

二度と電話をかけることもないと思い、

Sさんの連絡先は電話帳から消していました。

 

それでも3年間、

ほぼ毎日会っていた相手ですから、

電話番号はイヤでも覚えています。

 

電話番号を打ち込むのは容易でした。

 

しかし、発信ボタンを押すことが、

なかなかできません。

 

「まぁ、前に電話したときは

着信拒否されてたし、

出なかったらそれで終わりだ」

 

そう自分に何度も言い聞かせ

発信ボタンを押した途端、

私はこう思いました。

 

「やべ!本当にかけちゃった!

 

やっぱ切るか?

 

いやここで切ったら意味不明だし、

キモイよな、う~ん・・・」

 

着信拒否は解除されていて、

数秒後、電話がつながりました。

 

私1人しかいない『しーん』とした

部屋とは逆に、電話の向こうは

ガヤガヤしていて騒がしかったのを

覚えています。

 

私は記憶力には自信があるのですが、

最後のSさんとの会話でしたから

余計に印象に残っています。

「風邪ひかないでね」

 

S「・・・もしもし?どちらさまですか?」

 

私「○○ですが・・・Sさんの携帯ですか?」

 

S「あ、久しぶり、ちょっと待って。

 

(彼氏に対して)

友達から電話来たから

ちょっと外行ってくるね。

 

コツコツ(ハイヒールの音)」

 

私(やっぱり今は仕事柄ヒールとか履くんだな。

つうかまだ付き合ってんだな)

 

S「ごめんね待たせて。

久しぶりだね。どうしたの?」

 

私「いやこっちこそ何か邪魔してごめんね。

最後の頼みなんだけど、ちょっと今から

一方的な話するから聞いてくれる?(笑)」

 

S「何か怖いな(笑)別にいいよ!」

 

私「あれから俺も色々あってさ。

さっきまでSの事を思い返してたのね。

 

全部俺が悪かった。本当に色々ごめん。

 

Sの事を理解してたつもりだったけど、

全然わかってなかったし。

 

不満だらけだったと思うけど、

あの頃の俺はあれが精一杯だった。

 

結果的に別れて俺には無理だったけど、

あとは、どこにいても幸せになってほしい

って思うし、傷つけといて身勝手なんだけど、

いつも一緒にいてくれて3年間楽しかったよ。

 

本当にありがとう・・・っていう話!」

 

S「・・・」

 

・・・ここで少しの沈黙。

 

私「あ、特にオチはないので・・・」

 

S「・・・別れた時のメール覚えてる?」

 

私「なんだっけ?(本当は覚えてる)」

 

S「覚えてるわけないか(笑)

私を一番大事にしてくれたのはあなただって話。」

 

私「あぁ。まあそりゃそうさ。好きだったし。」

 

S「(笑)今でも一番大事にしてくれたのは

あなただよ。

 

こちらこそ今までありがとう・・・

 

なんか恥ずかしいね(笑)」

 

私「そうか・・・ありがとう。」

 

S「・・・最近なにしてるの?」

 

私「ん?別に変わりないよ(めっちゃ強がる)」

 

S「そっかぁ。私の事は聞いてると思うけど・・・」

 

私「あぁ。まあ元気でいてくれればそれでいいよ」

 

S「うん。・・・じゃあそろそろ戻るね。

風邪ひかないでね。バイバイ」

 

私「うん。バイバイ。」

 

Sさんがどれだけ本心で言ってくれたかは

私にはわかりません。

 

しかし、例えそれが

私への優しい嘘だったとしても

彼女の言葉で私が救われたのは確かです。

 

Sさんとの電話を切った私には

ほんの少しの寂しさとともに、

とてもすがすがしい気持ちがありました。

 

それまでの私にとって、どん底と言えるような

体験をして多くの人への感謝を感じ、

自分を受け入れ私は前を向けるようになりました。

 

「まだ完全に回復したわけじゃない。

 

それでも杖をついてでも歩けるようになった。

 

俺はこれから自分の足で立って、

行きたいところに行ける。

 

状況はもっとよくなっていくはずだ。

 

やりたい事だってきっと出来る!

 

感謝する人、これから出会う人、

その人たちに俺は何ができるだろうか。

 

この経験は絶対に意味があるし、

人生の分岐点だ。

 

多くの人が与えてくれたこの

変わるチャンスを無駄にしないためにも

俺は、幸せになりたい!」

 

泣きっ面に蜂とはよく言ったもので、

トラブル時にはさらに災難が

降りかかることもあります。

 

しかし逆に、前向きな気持ちで生きていると

似たような状況が訪れることも多々あります。

 

ここから私の人生は確実に

変わっていきました。

 

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