最後だとわかっていたなら

omochi

※この記事は、ふくえん堂のメルマガで過去に配信した内容となります。

こんばんは!
復縁堂のおモチです。

段々と温かくなってきましたね!

転勤や異動、就職、転職など新生活が始まる人もいるかと思いますし、

新年度の始まりから気持ちを新たに頑張ろうという方もいらっしゃると思います。

私も風に乗った春の匂いを感じるたびに

「なんかわかんねえけど良いことありそうだな( ̄▽ ̄)」

とワクワクします。

3月はそういった期待やワクワクを感じる嬉しい季節であると同時に、別れの季節でもありますね。

今日は3月11日、東日本大震災が起こった日。多くの人々が、突如として愛する人との別れを経験した日です。

私は14年前の今日、津波で祖母を亡くしました。

この時、私は凄く後悔したことがあります。

それは
「身近な人をもっと大事にしておけばよかった」
「会える時に会っておけばよかった」
ということです。

私はおばあちゃん子で、幼少期をほとんど祖母に育てられました。

私が小学5年の時、祖母がクモ膜下出血で倒れたのですが、以降は海辺の近くにある老人ホームに入所。

やはり脳の手術をしたことや高齢なこともあって、術後は記憶が曖昧になってしまい、私が小さいころの記憶しかなくなったようでした。

そのため、私が目の前にいるにもかかわらず

「あっきは?あっきは来ねえのが?」
(おモチはどうしてる?来ないの?の意味)

「あっきはご飯食べでだぁが?」
(おモチはちゃんとご飯食べてるか?の意味)

と私のことを気にかけてくれていたんです。

そのたびに私は
「いや(笑)あっきは俺だよ(笑)」
と訂正するのですが、

「なぁに(笑)だまされねえが(笑)」
(こら~笑 騙されないぞ笑 という意味)
といつも笑っていました。

昔の私はかなりネガティブな性格で、学校にも馴染めず生きづらさを感じていたこともあり、どうしてもつらくなると学校を途中で帰って、何度か施設に祖母に会いに行ったことがあります。

別に会いに行ったところで、祖母は私が誰かもわかっていないし、何を言ってくれるわけでもありません。

口を開いても大体が先ほど書いたような会話にしかなりませんからね(笑)

それでも、ただニコニコとしている祖母の側にいると、すごく安心したのを覚えています。

特に印象に残っているのが帰り際のことです。

私は昔からいたずら好きなのですが(いや、変態的な意味じゃなくて普通の意味で)、帰るときにはお決まりのパターンがありました。

いたずらといっても
「それじゃあまたくるね!」
と帰るふりをして部屋を出たあと、

祖母の視界から隠れながら、かがんでベッドに近づき

「ワッ!実はまだ帰ってませんでしたー!(笑)」

的なことをするだけなのですが、祖母は毎回メチャメチャいい顔で笑ってくれました。

いつもそれを5~6回繰り返してから帰るため、最初に「帰るね」と言ってから本当に帰るまで30分くらいかかりました。(我ながら、しつこいですね笑)

それを繰り返しているうちに、さすがに祖母も覚えたのか、

「じゃあ帰るね!」と部屋を出た後に

壁|д゚)←のような感じで私が部屋をのぞくと

「ほら!やっぱりまだいた(笑)」

と言いたげな笑顔で笑うようになりました。

最初は面白かったのですが、ある日、本当に帰っている途中に

「もしもまだ俺がひょこっと顔を出すのを待ってたら・・・」

と想像するとメチャメチャ辛くなってしまい・・・

祖母を一人施設に置いて帰る自分に、凄く罪悪感を感じるようになりました。

そして、罪悪感を感じたくなかった私は、次第に面会時間ギリギリを見計らって、洗濯物だけを交換しに行くようになりました。

面会時間ギリギリなら職員の方が「そろそろ・・・」と様子を見に来ますから、帰らざるを得ない状況にできるからです。

「もうここ閉まるから、また来るね」という大義名分と言いますか、自分が辛くならないためだけに、私は祖母との時間を取るのをあえて避けるようになりました。

そんな自分が嫌になり意を決して会いに行くものの、やはり帰り際はとても心苦しく、余計に足が遠のいていってしまったんです。

私は

「これでいいんだ。」
「これが俺にとっても、おばあちゃんにとっても辛くならない選択なんだ」

と言い聞かせていました。

そして、月日は流れて・・・

ある日の夜、私はいつものようにわざと面会時間ギリギリを見計らって施設に向かい、いつものように祖母に対して

「もうここ閉まるから、また今度来るね」

という一方的な言葉だけを残して、私は帰りました。

そして、3日後、3月11日。

祖母は帰らぬ人となってしまいました。

もしもあの日が最後だと知っていたら。

私はもっと祖母の側にいただろうし、

祖母の食べたいものを持って行ったでしょうし、

何なら外出許可を取って行きたいところに連れて行ったことでしょう。

人って本当に突然、いなくなってしまうんですね。

人はいつか死ぬなんて当たり前のことなのに、私はそれをわかっていませんでした。

それから私、毎年この日になると必ず読む詩があるんです。

その詩は、作者が10歳で亡くなった我が子へ向けて書いたもので、9.11のテロの際にネットで拡散されて有名になった詩です。

最後だとわかっていたなら

「最後だとわかっていたなら」

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら

わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら

わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら

わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても
分かってくれていたかもしれないけれど

最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・

「あなたを愛してる」とわたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる

でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、

わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず

もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと

忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう

そして その人を愛していること
いつでも いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう 

そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

作・ノーマ コーネット マレック
訳・佐川 睦
引用:最後だとわかっていたなら(サンクチュアリ出版)

・・・あなたは今、どんなことを感じましたか?

ぜひ、その思いを大切にしてくださいね。

私のように後悔する人が1人でも減るといいなと思います。

それでは、良い日々をお過ごしください^^

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